自己紹介

海外番組に魅了された幼少期

はじめまして、こんにちは。Ms.Malayと申します。

私は1982年に生まれ、葬儀屋と花屋の娘として育ちました。一人っ子です。

幼少期から、ディズニー映画やセサミストリートなどの海外映画・番組が大好きでした。
小学生の時に初めて観た海外ドラマ「フルハウス」が、「いつか海外で暮らしてみたい」という夢のきっかけになりました。
自分と同じくらいの女の子が、自分とはまったく違う生活を送っている様子に、驚きと憧れを抱いていたのです。

当時は吹き替え版で観ていましたが、「アメリカの喋り方って違う〜!かっこいい〜!」なんて思ったりして。
家の造りや家具、家族や友人との関わり方──すべてが憧れでした。

いつの日からか漠然と、海外での暮らしや文化に興味を抱き始めていたのでしょう。

初海外はオーストラリア メルボルン

中学からは英語教育に力を入れているクリスチャンスクールに入学し、寮生活を送りました。
そこでハマったのが、高校生の先輩が観ていた「ビバリーヒルズ高校白書」。
王道かもしれませんが、「アメリカの高校生ってこんなに大人っぽいのか!かっこいい〜!」と夢中になりました。

英語科の上級生には長期留学に行く人も多く、憧れの存在でした。
そして中学3年生の夏休みに初めての海外渡航──オーストラリア・メルボルンでホームステイを経験しました。
ビーチ沿いにホットドッグのワゴンが出ていたことに感動し、スーパーに行けば何だかわからないけれど全部が可愛く見えました。
当時コレクションしていたバービーグッズもたくさんあり、「あぁ、これが外国なのか〜」と感じたのを覚えています。



いつか英語を使って仕事をしたい、外国で暮らしてみたい。
そんな想いを心に抱いたまま大人になりましたが、特に英語がものすごく話せるわけでもなく、旅行もいつも短期間でした。
しかし不思議なことに、なぜかカナダやオーストラリアなど英語圏出身の友人が多かったのです。
今思えば、心の中の想いが知らず知らずのうちに導いていたのかもしれません。

移住前に一番気掛かりだったのは母親のこと

マレーシアへ移住する前までは、都内で当時82歳の母と暮らしていました。
海外移住への想いは捨てきれませんでしたが、「母を置いて渡航するのは無理。資金はどうする?」などと現実的に考えると、半ば諦めていました。
だけど、どうしても諦められなかったのです。

「親も少し介護が必要になってきたし、私がいなくなったらどうする?」──
この気持ちを何年もぐるぐるとループして抜け出せませんでしたが、人生は本当に不思議です。

ある日、一通のメールが届きました。
マレーシアにある企業のHR担当者から、「働いてみませんか?」という内容でした。
登録していたことすら忘れていた海外転職サイトを通じて、送られてきたのです。

何年も放置していたのに、担当者もよく見つけたなと思いました。
そのときは「マレーシアで働くなんて考えたこともないし、そもそも日本人が日本語で東京より高い給与をもらって働けるなんて?」と半信半疑でした。

福利厚生もバッチリで、航空券やホテル代も負担してくれるというので、
「これは新しい詐欺なのでは?」と思ったほどです。
と言いつつも、話だけは聞いてみようと電話で話をしてみました。

当時は渡航が現実的ではなく応募はしませんでしたが、それ以来少しずつマレーシア就職・移住について調べるようになったのです。
そして、調べていくうちにイメージがどんどん具体的になり、話を聞いた4ヶ月後には視察旅行へ旅立ちました。

初めてクアラルンプールに到着して最初に感じたのは「活気」。
その活気が自分の背中を押してくれるようで、とても心地よかったのを覚えています。
「この国なら大丈夫」と思えました。
「思考は現実化する」とよく言われますが、本当にその通りでした。

Ms.Malay

視察旅行は必ず行ったほうが良いです。
マレーシア同様にタイでも日本人の求人がありますが、私の場合タイは“旅行で行くのがちょうど良い”と感じました。
住むとなると、私には少し違っていたのです。

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半年で人生変わったと実感した日

視察旅行から戻り、移住を決心して上司に退職を相談しました。
当時は都心のグローバル企業で受付とバックオフィスの仕事をしており、仕事に行きたくないと思ったことは一度もありませんでした。
しかしその反面、平穏で何も変化のない日々に不安を感じるようになり、そろそろ抜け出さなければと思っていました。

そして最初のメール受信から約9ヶ月後、日本を旅立ちました。
上司に相談してから退職するまでは3ヶ月在籍していたので、実質半年で人生が変わったことになります。
自分でも驚きです。


Air Asiaで限界までラゲージ購入し、74kgを持って旅立ち
これがある意味、当時の全財産 笑

家を売り、母は高齢者向け住宅に引っ越し、母の希望に合った墓地を探して生前契約もしてきました。
葬儀屋の娘なので、こうしたことを親が元気なうちに一緒に進めることの大切さをよく知っています。
(私は終活アドバイザーでもあります)

やることは盛りだくさんでしたが、決心してよかったです。

40代だからこそ、できることがある

私が30代半ば以降で一番後悔したことは、ワーキングホリデーに行かなかったことでした。
20代の頃は会社を辞めて、働けるかもわからないのに海外へ行く勇気がありませんでした。

でも今となっては、あの時行かなかったからこそ、それをバネにして働きながら毎日何時間も英語を勉強できたし、日本にいながら英語圏の友人もできました。

「もう一度、あのときのように後悔したくない」と思ったのも、移住を決意した大きな理由の一つです。

そして実際、私たちは40代のほうが20代・30代の頃よりもできることが増え、人間としてのキャパシティも大きくなっています。

違う国で暮らすというのは、何でもスムーズにはいきません。
20代の自分だったらうまく対処できなかったかもしれない場面に遭遇しても、40代の今はもう少し違う角度から見て考え、動くことができます。

その姿は、自分にとっては何でもないことでも、若い世代に刺激を与えたり、勇気を持ってもらえたりします。
人の役に立てるというのは、自分にとって大きな活力になるのではないでしょうか。

アドラー心理学では、「人は他者に貢献していると感じられるときに、最も幸福を感じる」と言われています。

私の体験・経験があなたの背中を押せたなら、それはとても嬉しいことですし、
そんな存在でありたいと願っています。

このブログが、あなたのお役に立てますように。

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